○飛鳥井千砂「タイニー・タイニー・ハッピー」を読んで
kindle unlimited万歳です。
「タイニー・タイニー・ハッピー」(以下、タニハピ)を題にしましたが、尾形真理子さんの「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」も併せて載せます。系統がそっくりなのです。
そっくりな点
・題名が長い
・主にOLの恋愛小説
・恋愛小説の割に現実的
・短編集ながら店を通じて緩いつながり
・幸せひたひた
一定の層の読者を狙い撃ちしている感があります。まんまと読んじゃいました。おかげで幸せに浸ってます。
タニハピ起点
通称:タニハピという大型ショッピング施設に働く人やその周りの人の恋愛模様を、多人数視点でそれぞれ短編に仕立てています。小さな輪の中で発生する恋たちなので、度々重なりあうのが本作の特徴の一つです。「あ、この人はあの人と上手くいってよかった」とか「あ、この物はあの時貰ったものだ」とか、その話に留まらない気づきがあります。登場人物それぞれは自身の出来事に注目していますが、読者は高いところから鳥瞰するという楽しみがあるのです。
このように、緩やかな繋がりのある短編集は他に「儚い羊たちの祝宴」、「死神の精度」が思い当たります。もっと読んだ気がしますが、思い出せません…
このような形式に名前なんてないのでしょうか?オムニバスではなく、もう少し狭義のものです。ミステリーのミッシングリンクみたいな。
幸せひたひた
「最近恋人と上手くいってないけど、紆余曲折越えて前向きになれました!」
というあらすじしかありません。明るい気持ちになりたいときに読むのにぴったりですね。世の中で頻発してそうな恋愛の代表例、といった印象なので共感しやすく、背中をトンっと押してくれる作品です。
一個人の趣向
刺激が足りないです!
恋愛小説といえば山本文緒さんや角田光代さん、石田衣良さんが思い浮かびます。若しくは、推理小説に恋愛要素が絡む展開ばかり読んでいます。なので、ハッピーエンドは新鮮でした。
文章はつーーーーーーっと読めて易しいものですが、散文的に思いました。つるりと手軽に食べられるプリンみたいに、噛み応えがなくてお腹に溜まらない小説でした。
だけど、甘くて美味しかったです。
名刺代わりの小説10選
- おことわり
- 米澤穂信「ボトルネック」
- 米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」
- 恩田陸「麦の海に沈む果実」
- 綾辻行人「十角館の殺人」
- 連城三紀彦「恋文」
- ユルスナール「源氏の君の最後の恋」
- 東野圭吾「容疑者Xの献身」
- 道尾秀介「向日葵の咲かない夏」
- 福部まゆみ「この闇と光」
- 久生十蘭「黒い手帳」
- おしまいに
おことわり
Twitterのハッシュタグで「名刺代わりの小説10選」てありますよね。
「好き」でも「おすすめ」でも「人生に影響を与えた」でもなく、「名刺代わり」です。一見些細なことですが、こだわって選んでいます。もし、「好き」なら小説家に偏りがでます。もし、「おすすめ」なら自身の趣向軽視、一般の趣向重視です。「人生に…」ならメッセージ性の強いものばかりになりそうです。
なので、「愛してやまないが載せないもの以外にももっと愛すべきものがあり断腸の思いで割愛しつつ大方このような小説が好みなのです」とお伝えしたいもののみ選びました。
わざわざこのような前置きをせずとも、「そんなことはわかってるさ!」という読書好きの方、お許しください。
米澤穂信「ボトルネック」
苦苦青春SFミステリーです。
主人公・リョウの代わりに姉・サキのいる世界へ迷い込みます。リョウの世界とサキの世界。その間違い探しの残酷さたるや筆舌し難いのであります!!
ネットの感想に、「鬱のときは読まないで」とか「落ち込み覚悟で読んで」とかよく見かけました。その点注意です。私は悲劇的なものが好きなので、大興奮でしたが。
特に、終わりの部分は素晴らしいです。リョウの選択は読者の想像に委ねられます。
米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」
フィニッシングストローク短編ミステリーです。
傑作です。
短編でそれぞれ独立しながらも緩やかに繋がっていて、最後の短編に伏線回収、題名で伏線回収と二重に楽しめます。
優雅なお嬢様方の耽美なお話です。ぞくぞくします。
ちなみに、お気に入りは「北の館の罪人」です。
恩田陸「麦の海に沈む果実」
エキゾチック学園ミステリーです。
どこか異国情緒のある学園に時期外れな転校生・理瀬がやってきます。なぜ理瀬は特別なのか、失った記憶とともに学園の謎も解きます。
これは、とにかく、世界観の魅力に尽きます。物語展開はおいて。
個性満載な美男美女との寮生活、華やかなパーティーでワルツ、図書館のひっそりと隠れた一角…夢のまさに夢な生活に没入し、うっとりと味わうことができるのです。
綾辻行人「十角館の殺人」
※「新本格」の定義、いまいちわかりません。
孤島の館へ7人の大学生が訪れ、やがて、ひとり、ふたり、殺害されます。
本作にはあまり言及しません。好きな点は、現代における純粋なフーダニットであることと、建築家が極めて変態だということです。
連城三紀彦「恋文」
ハートフル短編若干ミステリーです。
「ハートフル」だなんて安っぽい表現です。愛するがゆえに素直に生きない人々の、切ない心情が緻密に濃く、濃く描かれています。これでもかというほど、優しさの詰まったお話です。
ちなみに、「ピエロ」がいちばん心に残っています。
ユルスナール「源氏の君の最後の恋」
甲斐甲斐しくも甲斐なし恋物語です。
この世のラブストーリーで最も好きです。海外作品で最も好きです。
「東方奇譚」という短編集に収まっているうちの一つです。
源氏に恋した数多くの女人のひとりである花散里が、隠居し色恋を避ける源氏へ、工夫を凝らして逢瀬を重ねます。印象の薄い花散里のひたむきな想いは届くのでしょうか。
あらすじをネットで読んだだけでも、泣いてしまう作品です。
二人の駆け引きも面白い作品です。ぜひ、読んでいただきたいです。
東野圭吾「容疑者Xの献身」
ハウダニット対決ミステリーです。
高校教師の容疑者対物理学者の探偵の、隠蔽工作と推理対決が行われます。
ミステリーとしてたいへん秀逸なのですが、容疑者の恋愛による献身が、ただひたすら哀しいのです。恋愛小説としてみると「源氏の君」についで好きです。
ジレンマが訪れる終わり方に惹かれます。
ちなみに、西谷弘監督による映画もたいへん素晴らしかったです。
道尾秀介「向日葵の咲かない夏」
…ミステリーです。
首を吊った同級生S君に再び会い、S君の死の謎を解き明かします。
不快で不気味でおぞましく、後味悪い展開です。
たまらんのです。
福部まゆみ「この闇と光」
一粒で二度おいしいミステリーです。
盲目のレイア姫が父王に溺愛される様がありありと浮かび、美しい童話のような世界に耽溺できます。小説っていいなあとしみじみ思います。
前半と後半で翻ります。闇から光で。
久生十蘭「黒い手帳」
運命迷走ノワールです。
主人公の住む、階上にルーレットを研究し黒い手帳に記す男が住み、階下にその男の手帳を欲する夫婦が住んでいます。主人公はこの風変りな一部始終を見届けんとします。
階上の男の奇怪ぶりがほんとうに面白いです!男の運命の皮肉さと、手帳の運命の皮肉さが忘れられません。
おしまいに
「恋文」以外はあんまり気持ちの良い小説ではないです。お気を付けて。
愛は溢れんばかりですが、文の拙さを痛感しました。
角田光代「愛がなんだ」を読んで
kindleunlimitedでいい読書ができました。まったく、恐ろしいサービスです。
どろどろの写実
主人公テルコがさほど格好の良くない男マモちゃんに執着しまくる、という話です。とてもとても要約すると。
主人公の思いは、恋愛らしきものから確固たる執着へと変貌をとげます。「愛がなんだ」という題名に窺えます。
のみならず、執着にまみれて恋がわからなくなることや、下位にいる人を見て自身の安心を得ることなど、どろどろとした感情も潜んでいます。その、どろどろを、よくもまあここまで正確に文字に起こせるものだと感じ入ってしまいました。
このどろどろは角田さんの作品によくあり、きっと女性読者は手を打って大きく頷けるのでしょうけど、男性が読むとどうなのでしょう。「小説の感想に見る男女差」みたいな研究があれば見てみたいです。
終始やるせない
冒頭、やるせなさがどっと押し寄せました。当初、この冒頭部分は感想文に載せようと思いましたが、予想を裏切りそのまま怒涛のやるせなさが続きます。
唯一、最後のみ主人公の進む道が明らかになったときは、やるせないとは感じませんでした。根のないけれど深すぎる執着心は己をだめにするとわかっていて、抜け出す気もないのだから、もはや潔く思います。不幸でもいいんじゃない。対して、ストーカー同盟を組んでいたナカハラくんが不毛な執着から抜け出せたのは、胸のすくような救いでした。
大人になるとは
脱線します。
主人公の、好きな人に依存してしまう感情は理解できます。けれど、それにともなう行動は大人になるほど消えていくものだと思っています。青春時代の痛い思い出、というのがよくありますよね。若気の至り故の行動です。
それが、大人になるにつれて学習して、理性を備え、打算的になると思っていました。
対して、割り切れないのが主人公です。本作があまりに生々しいので、私はこの主人公のような人が世の中にたくさんいるように思えてしまいました。
ストーカーのような極端な例を除いて、実際のところどうなのでしょうか?大人は案外大人になれていないのでしょうか。恋愛は経験も打算も凌駕する判断を下すのでしょうか。
小説家はすごい
女性の感情をこれほどまで写実した角田さんの頭の中はどうなっているのでしょう。常時、文字で氾濫してそうですね。
小川洋子「不時着する流星たち」を読んで
つい、装丁に惹かれて手に取りました。
短編それぞれのはじめに挿絵があり、はてこれからどんな物語が開くのだろうと、ときめかせてくれます。西洋の童話のように繊細な絵がとても素敵でした。
現実にはありえなさそうであり得そうでもある話が詰まっています。
例えば、母乳でババロアをつくる話。頑として芯のぶれない女性が潔癖なまでのキッチンでそれを作ります。なにを考えているのか見当もつきません。その映像を思うと、恐ろしくありませんか。
たいていの短編はそのような人の狂気を含んでいて、冷ややかな印象を持ちます。
けれど、ふと、あたたかい話が挿し込まれることもあり、どことなく懐かしさを覚える短編集でした。
お気に入りは以下4つです。
「カタツムリの結婚式」
「肉詰めピーマンとマットレス」
「さあ、いい子だ、おいで」
「十三人きょうだい」
なかに、文鳥の話があります。夏目漱石の小品が思い出されました。文鳥を「淡雪の精」と例えたのが忘れられませんが、本作では「ハッカ飴」と表現されていました。どちらの文鳥も可愛らしいですね。そして、どちらの文鳥も同じ運命をたどるのは、興味深いことです。
わたしの読解力が足りないようで、登場人物の心情や物語の行方はあやふやです。それが残念に思います。
森見登美彦「四畳半神話体系」を読んで
森見登美彦さんの「四畳半神話体系」。
遅まきながら、読みました。
この頃、kindle Unlimitedで森見さんの作品をそこそこ読むことができると発見しました。あの独特な語り口がクセになり、本作を図書館で借りた次第です。古風で硬い文章なのにするすると読めてしまいます。不思議です。
そんな文章に反して、内容はなんとも救いがたい阿呆なことばかり。主人公はこんなはずじゃなかったのに…と毎度後悔しますが、他の並行世界でも同じような展開なんですね。「もしも」の世界の結果に対する心情は変わらないのです。
それは、主人公にとっては悲劇的なことかもしれないけれど、私は明るくとらえることができました。
「もしも、あの時ああしていたならば」と我が身に当てはめても、結果に対する心情は変わらなかったかもしれない。結局は心の持ちようなのだ!
そう思いたいです。
森見さんのあの硬く止めどない文章とめくるめく展開に、常時刺激を与えられているようでした。類のない小説家です。どうやって生きてきたら、あのようなものが生み出されるのでしょう。小説家の方々には畏敬の念を覚えるばかりです。
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こんにちは。野乃といいます。
地方の女子大学生です。
ぐるぐるした思考を決定させるために、日記と題してアウトプットしたいです。
本を読むことが多いので、それに関することが多いと思います。
文章なんて、消費するばかりで、書くことはレポートくらい。どうなることやら。
陽の目を見ることなんてないでしょうけれど、万が一お目に触れた際はあたたかく、どうぞよろしくお願いいたします。陽の目を見ることなんてないでしょうけれど。